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主観確率を支持する理由

この事の背景には何があるんでしょうか。


主観確率の支持者が主観確率を支持する理由として挙げる論拠はいくつか存在する。

まず、論理説については、何を無差別と見なすかによって答えが一意に定まらなくなるという問題がある。

次に、頻度主義を取った場合、一回限りの出来事について確率を割り当てることができなくなってしまう。たとえば、「このサイコロで1の目が出る確率」は「このサイコロを無限回ふったときに1の目が出る頻度」と言い換えることができるが、「次にこのサイコロをふったときに1の目が出る確率」はそのような頻度の言葉に置き換えることができない。

また、頻度について語るのが難しい対象、たとえば殺人事件の捜査で「A氏が犯人である」という確率を考える場合、A氏は犯人であるかないかのいずれかであり、そこには頻度は存在しない。しかし、こういう場合に確率という言葉がしばしば使われるのも確かである。

この難点をふまえて登場したのが傾向説である。傾向説では、「次にこのサイコロをふったときに1の目が出る確率」は、「次にこのサイコロをふったときに、このサイコロやそれを取り巻く環境の持つ、1の目を出す傾向の度合い」と言い換えることになる。「A氏が犯人である確率」もA氏の持つ傾向の度合いとして解釈しなおすことができる。しかし、確率が物理的な基礎から離れれば離れるほど「傾向」を取り出すのが難しくなる。よく用いられるのが「フリスビー工場の例」である。フリスビー工場Aでは欠陥品が100枚に1枚、フリスビー工場Bでは欠陥品が200枚に1枚発生する。両者の生産枚数が同じだとして、手元に欠陥のあるフリスビーが届き、AかBで作られたということは分かっていてもどちらかは分からない、という場合、このフリスビーがAの工場で作られた確率は2/3だと判断したくなる。しかし、「このフリスビーが工場Aで作られる傾向の度合いは2/3である」と言い換えると非常に奇妙である。


引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2008年01月11日 18:55に投稿されたエントリーのページです。

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