意外と分からないバルト海の地理について考えました。
ユーラシア大陸とスカンディナヴィア半島に囲まれている。また、カテガット海峡、スカゲラック海峡を経由して北海に繋がる。
海域の北部にはボスニア湾、東部にはフィンランド湾、リガ湾、南部にはグダニスク湾などの湾がある。冬季には氷結する。
海域内の島嶼にはボーンホルム島(デンマーク)、ゴットランド島(スウェーデン)、エーランド島(スウェーデン)オーランド諸島(フィンランド自治領)、ヒーウマー島、サーレマー島(エストニア)などがある。また、スウェーデン、フィンランド、ロシア、エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ドイツ、デンマークの国々に面している。
白海・バルト海運河で白海と、キール運河で北海と繋がっている。
バルト海には多数の船が沈没している。中でも16世紀当時の世界最大の軍艦が沈んでいて、レックダイバーが捜索している。
周辺地域の歴史
ノルマン人を中心としたヴァイキングが、8世紀以降、バルト海を掌握していた可能性が高く、バルト海が「ヴァリャーグ海」と呼称されていた時代もある。
かつてバルト海を巡って、ハンザ同盟、デンマーク、スウェーデン、ロシア、プロイセンなどが争った。
バルト海南岸の、現在ドイツ・ポーランド領となっている地域のうち、低湿で農業に適さない西側はポンメルン(ポモージェ、ポメラニア)、より豊かな東側はプロイセンと呼ばれていた。
17世紀にバルト海を制したスウェーデン王国を、後世ではバルト帝国、あるいはマーレ・バルティクム(バルト海のラテン語名)と呼び表すようになった。
帝政ロシア時代は、バルチック艦隊の展開海域であり、日露戦争時にはこの海域より日本海に向けてバルチック艦隊が出撃した。
バルト海の西端は、スウェーデンとデンマークに挟まれたエーレスンド海峡でわずか7 kmしかない。中世より、この海峡はバルト海沿岸諸国が大西洋、北海への航路上必ず通過するルートであった。その為、スウェーデンとデンマークでは通行税をめぐる争いがあり、海峡には要塞や城が設けられていた。その中で有名な城が、デンマーク側にあるシェークスピアの「ハムレット」の舞台となったクロンボー城(世界遺産)である。尚、現在は両国間での争いはなく、自由に船舶が航行できる。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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